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慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の有効性

公開日:2026/08/07
更新日:2026/00/00

慢性疼痛とトラウマへのアプローチ:ソマティック・エクスペリエンシング(SE)の有効性

  慢性疼痛に対する身体志向のトラウマ療法、ソマティック・エクスペリエンシング(SE)の有効性を検証しています。

 主な知見として、SEは腰痛とPTSDを併発する患者の恐怖回避行動や心理的症状を改善する一方で、痛みの強さそのものへの直接的な効果は限定的であることが示されました。

 SEは自律神経の調整や内受容感覚への気づきを通じて、神経系に固着したトラウマ反応を解消することを目指します。専門家は臨床的な有用性を高く評価していますが、より大規模で長期的な高品質のエビデンスは依然として不足しているのが現状です。

 本資料は、SEを標準的な疼痛治療を補完するトラウマ・インフォームド・ケアの一環として位置づけています。最終的に、複雑な背景を持つ慢性疼痛患者に対する個別化された統合的アプローチの重要性が強調されています。

目次

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の有効性に関する主要知見を教えてください。

    1. ランダム化比較試験(RCT)による定量的エビデンス

    2. 質的研究およびスコーピングレビューによる知見

    3. 補完的アプローチとしての臨床的意義  

    4. 現在のエビデンスの限界と課題

 

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の研究の背景について教えてください。

    1. 治療モデルの転換:生物心理社会的モデルの普及 

    2. トラウマと慢性疼痛の強い併存性

    3. 神経生理学的背景:中枢性感作とトラウマの関連 

    4. 従来の心理的治療の限界と身体志向アプローチの必要性 

    5. まとめ

       

  2. ソマティック・エクスペリエンシング(SE)の概要と理論的基盤について教えてください。

    1. SEの概要

    2. 理論的基盤

 

  1. 慢性疼痛とトラウマの関連性について教えてください。

    1. PTSDと慢性疼痛の「高頻度な併存」と重症化

    2. 線維筋痛症(FMS)における深刻なトラウマの役割

    3. 神経生理学的メカニズムとしての「中枢性感作」

    4. 「感情の回避」が痛みを引き延ばす心理的要因

 

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の臨床研究とランダム化比較試験の結果について教えてください。

    1. デンマーク脊椎センターにおける一連のRCT

    2. 定量的アウトカムの統合(疼痛 vs 心理的影響)

    3. 質的研究から得られているエビデンス

    4. スコーピングレビューによる予備的エビデンス

    5. 総括

 

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の対象疾患別のエビデンスについて教えてください。

    1. 慢性腰痛(最も体系的に検証されている疾患)

    2. 線維筋痛症(FMS)(理論的に有望だが、直接的エビデンスは限定的)

    3. 筋骨格系疼痛(概念的な枠組みのみ)

    4. その他の疼痛状態

    5. まとめ

       

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)と他の介入との比較について教えてください。

    1. 認知行動療法(CBT)との比較

    2. EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)との比較 

    3. 感情気づきと表現療法(EAET)との比較

    4. 運動療法(理学療法)との比較

    5. まとめ:各介入の特徴比較

       

  2. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の研究の限界と今後の研究課題について教えてください。

    1. 現在のエビデンスにおける主要な限界

    2. 研究推進における方法論的課題

    3. 今後の研究に求められる方向性

    4. まとめ

 

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の臨床的含意について教えてください。

    1. 臨床実践への具体的なアプローチ

    2. トラウマインフォームドケア(TIC)との統合

    3. 臨床家のトレーニングと自身のウェルビーイング

    4. 遵守すべき倫理的考慮事項

 

  1. 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の科学的結論について教えてください。

    1. 運動恐怖と心理症状に対する「有意な効果」

    2. 疼痛強度や機能障害への「直接的効果」の限定性

    3. 「補完的アプローチ」としての位置づけ

    4. エビデンスのギャップ(一般化の難しさ)

    5. 総括

       

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の有効性に関する主要知見を教えてください。

 **ソマティック・エクスペリエンシング(SE)**は、Peter Levineによって開発された身体志向のトラウマ療法であり、自律神経系の調整と内受容感覚への気づきを通じてトラウマ関連症状の解消を目指すアプローチです。

 慢性疼痛に対するSEの有効性に関する主要な知見は、以下のように整理されます。

ランダム化比較試験(RCT)による定量的エビデンス

 最も重要な検証は、デンマークの脊椎センターにおいて慢性腰痛とPTSD(心的外傷後ストレス障害)症状を併存する患者を対象に行われた一連のRCTから得られています
 
  • 心理的症状および運動恐怖への効果: 通常治療(TAU)に短期間のSEを追加した群は、通常治療単独群と比較して、PTSD症状と運動恐怖(恐怖回避行動/fear of movement)において有意な改善を示しました。これは、SEの主要な治療標的がトラウマ関連症状であることと一致しています
     
  • 疼痛強度および機能障害への効果: 一方で、疼痛の強度や、疼痛に関連する機能障害に対しては、SEの追加による明確な優位性や追加的効果は確認されませんでした。両群(SE追加群と対照群)ともに時間の経過とともに改善は見られたものの、SEが疼痛そのものの生物学的側面に直接与える効果は限定的である可能性が示唆されています

質的研究およびスコーピングレビューによる知見

  • 臨床家による有効性の認識: 専門家を対象とした質的研究では、SEがトラウマを抱える慢性疼痛患者の不安や抑うつの減少、QOL(生活の質)の改善、自立性の向上に有効であると認識されています。しかし、これらは定量的データや対照群との比較を伴うものではありません
     
  • 広範な身体・感情症状への好影響: スコーピングレビューからは、SEがPTSD関連症状のほか、感情的・身体的症状、ウェルビーイングに対して肯定的な影響を与えるという初期的・予備的なエビデンスが示されています

補完的アプローチとしての臨床的意義

  • トラウマと疼痛の併存への対応: トラウマ体験と慢性疼痛(特にPTSDの併存や線維筋痛症など)には非常に強い関連性があり、併存例では症状が重症化しやすく治療抵抗性となる一因を担っています。SEは、このような複雑な併存症例において、理論的にも適切なアプローチとなり得ます
     
  • 「補完的介入」としての位置づけ: 現在のエビデンスを踏まえると、SEは疼痛そのものを完全に消失させる魔法の治療ではなく、自律神経の調整不全や感情調整困難、恐怖回避といった**トラウマに関連する維持要因にアプローチする「補完的アプローチ」**として捉えるのが現実的です。理学療法や運動療法、薬物療法などの標準的な疼痛管理を置き換えるのではなく、多職種と連携した統合的な治療計画の一部として追加導入することが推奨されています

現在のエビデンスの限界と課題

 高品質なRCTが主に「PTSD症状を併存する慢性腰痛」という特定の集団に限定されており、線維筋痛症や他の筋骨格系疼痛、トラウマ歴のない慢性疼痛患者への一般化についてはエビデンスが不足しています。また、サンプルサイズの小ささ、12ヶ月を超える長期フォローアップデータの不足、具体的な効果発揮のメカニズムが十分に解明されていない点などが今後の研究課題となっています

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の研究の背景について教えてください。

 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(SE)の研究が進められるようになった背景には、慢性疼痛の病態理解における**「生物心理社会的モデル」へのパラダイムシフト**と、トラウマが神経系や疼痛維持に及ぼす影響への注目があります

 具体的には、以下のような背景や課題が研究の出発点となっています。

治療モデルの転換:生物心理社会的モデルの普及

 慢性疼痛は一般的に12週間以上持続する痛みと定義され、成人の約20%が罹患しているとされ、機能障害やQOL(生活の質)の低下、医療費の増加など深刻な社会的・個人的影響をもたらしています。 

  従来、慢性疼痛の治療は薬物療法や物理療法を中心とする「生物医学的モデル」に基づいていました。しかし、治療が難航するケースも多く、近年では**心理的・社会的要因が疼痛の発症や維持に重要な役割を果たす「生物心理社会的モデル」**が広く受け入れられるようになっています

トラウマと慢性疼痛の強い併存性

 研究が進む中で、トラウマ体験と慢性疼痛の間に極めて強い関連性があることが明らかになりました

  • 併存による症状の重症化: 特に交通事故後の慢性腰痛患者における心的外傷後ストレス障害(PTSD)の併存率は高く、この併存によって疼痛強度の増加、機能障害の悪化、心理的苦痛の増大といった、より重度の症状プロファイルがもたらされます
     
  • 標準的な疼痛管理の限界: トラウマやPTSDの併存は、治療抵抗性(治療が効きにくい状態)の一因となり、標準的な疼痛管理アプローチの効果を制限してしまうという課題がありました
     
  • 線維筋痛症(FMS)における影響: 線維筋痛症患者の半数以上がPTSDまたは閾値下PTSDを有しており、幼少期や成人期の深刻なトラウマ、および感情調整の困難さが、発症や重症度、さらには治療が失敗する主要な原因として指摘されています

神経生理学的背景:中枢性感作とトラウマの関連

 近年、トラウマ体験が神経生理学的に疼痛を慢性化させるプロセスとして、「中枢性感作」との関連性が大きな注目を集めています トラウマ体験は神経系の過敏化を促進し、中枢神経系における疼痛処理を強めてしまいます(中枢性感作)

 これにより疼痛閾値が低下し、線維筋痛症や慢性疲労症候群といった疼痛性疾患の発症・維持につながることがわかってきました

従来の心理的治療の限界と身体志向アプローチの必要性

 これまで慢性疼痛に対する心理的介入のゴールドスタンダードであった認知行動療法(CBT)などの標準的アプローチに対しても、限界が議論されるようになりました。
 

  • トラウマの迂回: 従来の心理的治療の多くは、多くの疼痛患者が抱えているトラウマや、それに付随する感情的・対人的困難に直接対処しない傾向がありました
     
  • 感情回避に対する懸念: 従来のCBTは否定的感情を認知的に再評価して最小化・回避することを目指す傾向がありますが、こうした「感情の回避」自体が、かえって疼痛に寄与する感情的覚醒を慢性化させているという代替的な見解も示されています

まとめ

 こうした背景から、トラウマが自律神経系に及ぼす影響(持続的な緊張や「凍結」状態など)に着目し身体感覚(内受容感覚・固有受容感覚)への気づきを通じて直接神経系を再調整していくSEのような身体志向アプローチが、慢性疼痛治療の新たな補完的介入として注目され、臨床研究が重ねられるようになりました

ソマティック・エクスペリエンシング(SE)の概要と理論的基盤について教えてください。

 **ソマティック・エクスペリエンシング(SE)は、Peter Levineによって開発された身体志向のトラウマ療法であり、トラウマを「心の問題」だけでなく、主に「神経系の調整不全(生理的な課題)」**として捉えるのが特徴です

 

 SEの概要と、その背後にある重要な理論的基盤は以下の通りです。

SEの概要

 SEは、自律神経系の自己調整と、内受容感覚や固有受容感覚への気づきを通じて、トラウマに伴う心身の症状を解消することを目指すアプローチです 従来の「言葉(認知)でトラウマを語る」アプローチとは異なり、身体の内部感覚(体感覚)に直接アプローチすることで、神経系に閉じ込められたストレス反応を完了させ、安全に解放していきます

理論的基盤

 SEは、主に以下の3つの観察・理論を基盤として構成されています。

① 野生動物の防衛本能と「凍結(フリーズ)」エネルギー
Levineは、過酷な自然界で生きる野生動物が日々命を脅かされながらもトラウマを負わない点に着目しました。野生動物は、脅威から逃れた後に「身体を震わせる」ことで、生存のために一気に高まった交感神経のエネルギーを放電・リセットします しかし人間は、トラウマに直面した際、大脳皮質の働きや社会的制約によってこの放電プロセスを抑制してしまいがちです。その結果、本能的な**「凍結」状態**に陥り、処理されなかった膨大なエネルギーが神経系に固定され、慢性的な緊張、警戒状態、自律神経の不調として身体に残り続けます
 
② 身体感覚(内受容感覚・固有受容感覚)の役割
SEでは、思考やストーリーではなく、以下の「身体の気づき(Somatic Awareness)」を治療の中核に据えています

 

  • 内受容感覚(Interoception): 心拍、呼吸、胃の緊張など、「身体の内部感覚」に対する気づき。この気づきを高めることは、自己調整能力(自律神経を自分で落ち着かせる力)の改善に直結します
     
  • 固有受容感覚(Proprioception): 空間において**「自分の身体がどこにあり、どう動いているか」という位置や動きに対する気づき** 治療では、セラピストの支援のもとでこれらの感覚を穏やかに探索し、身体が保持しているトラウマ反応(防衛反応)を安全に完了させていきます

 

③ タイトレーション(段階的アプローチ)
トラウマ体験の記憶や関連する身体感覚を急激に呼び起こすと、神経系が過覚醒を起こし、再トラウマ化(圧倒されて傷つき直すこと)を招く危険があります。 これを避けるため、SEでは**「タイトレーション(titration)」**という極めて段階的でスモールステップなアプローチを採用します。コップの水を一滴ずつ中和するように、クライアントの許容量(キャパシティ)を超えない範囲で、身体感覚の緊張と解放を少しずつ安全に処理していきます
④ ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)
Stephen Porgesが提唱したポリヴェーガル理論は、SEの神経生理学的な基盤となっています この理論では、人間の自律神経系を以下の3つの階層的システムに分けて説明します

 

  1. 腹側迷走神経複合体(社会的関与システム): 安全と社会的つながりを感じている状態。
  2. 交感神経系(闘争・逃走システム): 脅威に対して活動的(戦う・逃げる)になっている状態。
  3. 背側迷走神経複合体(凍結・シャットダウンシステム): 逃げられない圧倒的な脅威に対し、身体のシステムを最小化してやり過ごす「フリーズ」状態。 SEは、身体感覚のワークを通じて、神経系を「闘争・逃走」や「凍結」のサバイバル状態から、安全で安定した**「社会的関与状態(腹側迷走神経系)」へと穏やかに移行させること**をサポートします

慢性疼痛とトラウマの関連性について教えてください。

 慢性疼痛とトラウマの間には極めて強い関連性があり、単なる「心と体の健康」という抽象的なつながりを超えて、神経生理学的、心理的、そして治療の経過(難治化)において非常に深い結びつきがあることが研究で明らかになっています

 

 主な関連性として、以下の4つの側面が挙げられます。

PTSDと慢性疼痛の「高頻度な併存」と重症化

 トラウマ体験を経験した人、特に交通事故などを経験した患者において、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と慢性疼痛(慢性腰痛や頸部痛など)の併存率が非常に高いことが報告されています この2つの症状が併存すると、以下のような**「負の相乗効果」**が生じます

  • 疼痛強度の増加身体的な機能障害の悪化、そして心理的苦痛の増大が認められます
     
  • この併存状態は治療抵抗性(治療が効きにくい状態)を招く一因となり、薬物療法や理学療法といった標準的な疼痛管理アプローチの効果を著しく制限してしまいます

線維筋痛症(FMS)における深刻なトラウマの役割

 全身に広範囲な痛みが生じる**線維筋痛症(FMS)**は、特にトラウマとの関連が深い疼痛疾患です

  • FMS患者の多くは、発症前から小児期または成人期の深刻な被害体験(心理的トラウマや対人葛藤)を経験しており、その頻度は他の疼痛状態と比較しても極めて高いとされています
     
  • 実際にFMS患者の半数以上がPTSDまたはその一歩手前の「閾値下PTSD」を有しています
     
  • トラウマによって生じた**「感情調整の困難(感情の抑制や回避など)」**や対人関係の問題は、多くの患者においてFMSの発症や重症化に大きく寄与し、治療が難航する(失敗する)主要な要因となっています。これらの患者は、対人関係の葛藤に対して「痛みの増悪」という形で身体が反応してしまう傾向があります

神経生理学的メカニズムとしての「中枢性感作」

 トラウマが身体的な痛みを慢性化させる直接的な神経生理学的プロセスとして、**中枢性感作(Central Sensitization)**との関連が注目されています

  • 中枢性感作とは、脳や脊髄といった中枢神経系において、疼痛の処理システムが異常に増強されてしまう状態です(線維筋痛症、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群などの病態生理に関与しています)
     
  • 過去のトラウマ体験は神経系の過敏化を促進するため、通常では痛みと感じないような刺激にも過剰反応するようになり、結果として疼痛閾値の低下と疼痛の慢性化をもたらします

「感情の回避」が痛みを引き延ばす心理的要因

 心理的な対応パターンの観点からも、トラウマによる影響が指摘されています。

  • 従来の認知行動療法(CBT)などの標準的な治療では、トラウマそのものを迂回し、否定的感情を回避または最小化することで疼痛を和らげようとする傾向がありました
     
  • しかし近年の研究では、このように**「否定的感情を回避(体験的回避)すること」自体が、かえって疼痛に寄与する感情的覚醒を慢性化させ、痛みを引き延ばす原因になっている**という見解が示されています。トラウマ、自律神経系の調整不全、感情調整の困難といった要素が、慢性疼痛を「生物心理社会的」に維持する強力な要因となっているのです

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の臨床研究とランダム化比較試験の結果について教えてください。

 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(SE)の臨床研究およびランダム化比較試験(RCT)の結果について、現在得られているエビデンスは主に以下の通りです。

デンマーク脊椎センターにおける一連のRCT

 慢性疼痛に対するSEの有効性を検証する最も重要かつ高品質な定量エビデンスは、デンマークの脊椎センターで実施されたRCTシリーズから得られています。これらは、**「交通事故などのトラウマ的出来事の後に慢性腰痛とPTSD症状を併存している患者」**という特定の集団を対象として実施されました
 

■初期RCT(Andersen et al., 2017)

  • 概要: 慢性腰痛とPTSD症状を併存する患者(1,045名が紹介された)を対象に、通常治療(TAU)に短期間のSEを追加した群と、**通常治療単独群(TAU群)**を比較しました。
     
  • 結果: SEを追加した群は、通常治療単独群と比較して、PTSD症状と運動恐怖(恐怖回避行動)において有意な改善を示しました。しかし、疼痛強度や疼痛に伴う機能障害に対する追加的効果(上乗せ効果)は認められませんでした。研究者らは、SEの全体的効果は予想よりも小さく、臨床的重要性については疑問が残ると結論づけています。
     

■完全版RCT(Andersen et al., 2020)

  • 概要: より包括的な評価を行うためのRCTが継続して実施され、6ヶ月および12ヶ月の長期フォローアップ時点での経過が検証されました。
     
  • 結果: 介入後、SE追加群と対照群の両群において、疼痛関連の機能障害(RMDQという評価尺度で測定)の有意な減少、およびPTSD症状の小幅な減少が達成されました。しかし重要な点として、SE介入が対照群と比較して統計的に有意な追加効果(優位性)を示すことは確認されませんでした

     

■プロトコル計画(Andersen et al., 2018)

  • 140名の参加者を対象に、「最大12回のSEセッション+4〜8回の理学療法(PT)」を行う群と、「PT単独」を行う群を比較し、運動療法にSEを組み合わせることで疼痛機能障害や二次アウトカム(PTSD、疼痛、疼痛破局化、運動恐怖、不安、抑うつ)を効果的に減少できるかを検証する計画(プロトコル)も提示されています。

定量的アウトカムの統合(疼痛 vs 心理的影響)

 利用可能な複数のRCTから、以下のような明確な傾向が統合されています

  • 疼痛強度および機能障害への直接効果は限定的: SEは慢性腰痛患者の疼痛強度や機能障害(生活上の制限など)に対して、通常の標準治療を超える明確な追加的効果を示していません
     
  • トラウマ関連症状や運動恐怖には有効: SEは、PTSD症状や「動くことへの恐怖(運動恐怖)」に対して有意な効果を示しています。これは、SEが直接的に痛みの生物学的側面に作用するのではなく、その背景にある「トラウマ関連の心理・神経生理的要因」を主要な治療標的としていることと整合しています

質的研究から得られているエビデンス

■専門家による有効性の認識(Olssen, 2013)

  • 10名のメンタルヘルス専門家を対象とした質的研究(半構造化インタビュー)では、臨床の現場においてSEがトラウマを抱える慢性疼痛患者に対して有効に機能していると認識されていることが報告されています。具体的には、不安や抑うつの減少、QOL(生活の質)の改善、患者の自立性の向上が報告されています。ただし、これは質的な主観評価であり、疼痛強度や機能障害に関する対照群を用いた定量的データは提供されていません。

スコーピングレビューによる予備的エビデンス

■広範な心身のウェルビーイングへの影響(Kuhfuß et al., 2021; Hetmanek Andreas, 2021)

  • 16件の包含基準を満たした論文を分析したスコーピングレビューでは、SEがPTSD関連症状に肯定的な効果を示す予備的なエビデンスが示されています。また、トラウマ経験の有無を問わず、感情的・身体的症状やウェルビーイング全般に肯定的な影響を与える初期的なエビデンスが確認されています。ただし、このレビューも慢性疼痛の強度や機能障害に絞った具体的な直接比較は提供していません。

総括

 現在得られている臨床研究のエビデンスを総合すると、SEは疼痛そのものを劇的に減少させる「直接的な治療法」というよりも、疼痛を悪化・維持させている**トラウマ、自律神経系の調整不全、運動恐怖といった要因に対処する「補完的アプローチ」**として最も真価を発揮すると位置づけられます

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の対象疾患別のエビデンスについて教えてください。

 ソマティック・エクスペリエンシング(SE)の慢性疼痛に対するエビデンスを対象疾患別に整理すると、現在の検証状況やエビデンスの強さは疾患によって大きく異なります

慢性腰痛(最も体系的に検証されている疾患)

 慢性腰痛は、SEの有効性が最も体系的に検証されている疼痛状態です。臨床研究のエビデンスの多くは、この疾患から得られています

  • 検証対象の特徴: 単純な腰痛ではなく、交通事故などのトラウマ的出来事の後に、慢性腰痛とPTSD症状を併存している患者を対象としています。標準的な理学療法にSEを追加する「補完的介入」としてRCT(ランダム化比較試験)が行われました
     
  • 結果と示唆: SEは運動恐怖(恐怖回避行動)とPTSD症状の改善において有意な効果を示しました。その一方で、疼痛強度や機能障害に対する直接的な追加効果は限定的でした。この結果は、SEが疼痛そのものの生物学的側面に直接作用するのではなく、その背景にあるトラウマ関連の心理・神経生理学的要因に主に作用することを示唆しています

線維筋痛症(FMS)(理論的に有望だが、直接的エビデンスは限定的)

 全身性の疼痛を特徴とする線維筋痛症に対する直接的なRCTエビデンスは、現時点では限定的です

  • 理論的妥当性: FMS患者の多くが小児期や成人期に深刻な心理的トラウマを経験しており、半数以上がPTSDまたは閾値下PTSDを併存していることから、トラウマに焦点を当てるSEは理論的に非常に有望なアプローチと考えられています
     
  • 関連研究の知見: SEそのものの研究ではありませんが、FMS患者を対象とした感情曝露ベースの治療(Lumley et al., 2008)では、多くの患者が抱えるトラウマや感情的・対人的困難に直接対処することの重要性が強調されています。また、身体気づき介入に関する系統的レビューでは、FMSや慢性疲労症候群への潜在的効果が示唆されており、身体気づきを中核とするSEの役割も期待されていますが、より厳密な研究が必要です

筋骨格系疼痛(概念的な枠組みのみ)

 筋骨格系疼痛全般に対するSEの有効性を示す具体的な臨床データは不足しています
 

  • 概念的アプローチ: Meehan & Carter (2021) は、SEを含む身体的実践(somatic practices)の原則(内受容感覚、外受容感覚、固有受容感覚への動き基盤アプローチ)を慢性疼痛患者に提供するための概念的枠組みを提案しています
     
  • アプローチの目的: この枠組みは、患者が自身の主観的な経験と協働し、身体信号への気づきを高め、症状の自己管理や運動恐怖の探索を促進することを目指すものです。ただし、これは概念的分析にとどまり、具体的な疼痛アウトカムの測定や対照群との比較データは提供されていません

その他の疼痛状態

 慢性頸部痛、慢性骨盤痛、複合性局所疼痛症候群(CRPS)などのその他の疼痛状態については、SEの具体的な有効性を評価した直接的な臨床エビデンスはほとんど存在しません。いくつかの文献で慢性疼痛とSEの関連が言及されているものの、具体的な疼痛アウトカムの評価は提供されていないのが現状です

まとめ

 現在、慢性疼痛に対するSEの高品質なエビデンスは**「PTSD症状を併存する慢性腰痛」という特定の集団に大きく偏っています**。トラウマ歴の有無による効果の違いや、線維筋痛症など他の慢性疼痛状態への有効性を確認するためには、さらなる研究(より大規模で長期的な多施設共同RCTや効果メカニズムの解明)が必要とされています

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)と他の介入との比較について教えてください。

 慢性疼痛の治療において、ソマティック・エクスペリエンシング(SE)と他の主要な介入方法(認知行動療法、EMDR、感情気づきと表現療法、運動療法)を比較すると、「アプローチの焦点」や「作用するメカニズム」に明確な違いが存在します。

 

 それぞれの介入方法とSEとの比較は以下の通りです。

認知行動療法(CBT)との比較

 CBTは、慢性疼痛に対する心理的介入の標準的なゴールドスタンダードです。
 

  • アプローチの違い: CBTは主に**「認知的再評価」「問題解決」「リラクセーション」「気晴らし」などの技法を用いて、否定的感情を最小化、または回避することを目指します。これに対して、SEは思考や認知を介さず、「身体感覚への直接的な気づき」や「トラウマ関連の身体反応の安全な探索」**を重視します
     
  • トラウマへの対処: 標準的なCBTは、多くの場合においてトラウマそのものを迂回し、否定的感情を回避・最小化することで疼痛を和らげようとします。しかし、近年の研究では、こうした「否定的感情の回避(体験的回避)」自体が、かえって疼痛に寄与する感情的覚醒を慢性化させている(痛みを長引かせている)という見解もあります
     
  • 効果の違い: PTSDと疼痛の併存症例に対するCBTの試験では、PTSD症状の中等度の減少は示されたものの、疼痛の重症度そのものには差が認められませんでした

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)との比較

 EMDRは、実証されたトラウマ治療法であり、近年は慢性疼痛に対しても研究が進められています

  • アプローチの違い: EMDRは、トラウマ記憶を処理するプロセスの中で**「両側性刺激(主に左右の眼球運動)」を使用します。一方、SEは機器や外部刺激を使わず、本人の「身体感覚(内受容・固有受容感覚)への気づき」と「自律神経系の自己調整」**に焦点を当てます
     
  • 効果とエビデンス: 慢性疼痛に対するEMDRの系統的レビューでは、疼痛強度の減少に有効である可能性が示唆されているものの、エビデンスの質にはまだ限界があります。なお、慢性疼痛の文脈におけるSEとEMDRの直接的な比較研究はまだ行われていませんが、PTSD治療においては両アプローチとも有効である可能性が示されています

感情気づきと表現療法(EAET)との比較

   EAETは、トラウマや葛藤に関連して「抑制された感情」に焦点を当てる、比較的新しい感情処理ベースの介入法です
 

  • アプローチの違い: EAETは、抑制された感情を**「言語的に表現すること」を明示的に強調します。これに対し、SEは言葉による感情表現よりも、感情に伴う「身体感覚と自律神経系の調整」**を優先して扱います
     
  • 効果とエビデンス: メタアナリシスや高齢者を対象とした予備的RCTにおいて、EAETはCBTと比較して慢性疼痛(筋骨格系疼痛など)の減少において優れている可能性が示唆されています。SEにおいても、このようにCBT等と直接比較する同様の研究が今後必要とされています

運動療法(理学療法)との比較

  運動療法は、慢性疼痛の重症度を減少させ、身体機能や精神的健康を改善することがCochraneレビューでも強く支持されている実証的介入です
 

  • アプローチの違い: 運動療法が身体の可動性や筋力、物理的な機能改善に直接アプローチするのに対し、SEは運動に対する恐怖を和らげ、自律神経の過敏さを解きほぐすアプローチをとります
     
  • 組み合わせによる効果の検証: デンマーク脊椎センターのRCTでは、**「理学療法(運動療法)単独」と「理学療法+SE」**が比較されました。結果として、両群とも有意な改善を示したものの、SEを追加したことによる明確な上乗せ効果(優位性)は確認されませんでした。これは、運動療法そのものが慢性疼痛に対して非常に強力な効果を持つため、SEを追加したことによる相対的な効果が小さく見えた可能性が指摘されています

まとめ:各介入の特徴比較

介入方法 主なアプローチの焦点 トラウマへの対処 慢性疼痛に対するエビデンスの特徴
SE 身体感覚(内受容)、自律神経の調整 身体に閉じ込められた凍結エネルギーの安全な解放 PTSD症状や運動恐怖(動く怖さ)に有効。疼痛強度への直接効果は限定的。
CBT 認知的再評価、問題解決、リラクセーション 迂回することが多い(否定的感情の回避・最小化) 心理症状の緩和に有効だが、疼痛重症度への直接的な効果は限定的
EMDR 両側性刺激(眼球運動)を用いた記憶の処理 脳・認知システムにおけるトラウマ記憶の再処理 疼痛強度の減少に有効な可能性(ただしエビデンスの質に限界あり)
EAET 抑制された感情の自覚と言語的表現 トラウマや葛藤に伴う抑制感情の直接的な処理 CBTと比較して、疼痛強度をより減少させる可能性が示唆されている
運動療法 身体の運動機能、活動性の向上 基本的にトラウマには直接アプローチしない
 
疼痛重症度の減少、身体機能やQOLの改善に強力な実証的エビデンスがある

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の研究の限界と今後の研究課題について教えてください。

 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(SE)は、トラウマや運動恐怖を抱える患者への補完的介入として有望視されている一方で、臨床エビデンスの確立という点においては初期段階にあり、いくつかの重要な限界や課題が指摘されています
 

 これまでの研究から浮かび上がった限界、方法論的な課題、そして今後の研究の方向性は以下の通りです。

現在のエビデンスにおける主要な限界

 現在報告されている臨床研究には、実用化や一般化を阻むいくつかの限界が存在します。

  • 実施された研究数が圧倒的に少ない: 高品質なランダム化比較試験(RCT)の多くは、デンマークの単一の研究グループによる慢性腰痛研究に限定されています。異なる地域や文化的背景、他の医療機関における検証が不足しています
     
  • サンプルサイズの小ささ: 多くの関連研究が小規模で実施されており、統計的な検出力が十分に確保されていない可能性があります
     
  • 短期的なフォローアップ期間: 既存の研究におけるフォローアップ期間はほとんどが12ヶ月以下であり、数年単位に及ぶ長期的な治療効果や再発予防効果については明らかにされていません
     
  • 対象患者の特異性(一般化の困難): これまでのRCTは「PTSD症状を併存する慢性腰痛患者」という非常に特定の集団を対象としています。このため、トラウマ歴を持たない慢性疼痛患者や、線維筋痛症をはじめとする他の疼痛疾患の患者に対して、同様の効果が得られるかは不明です
     
  • 介入プロトコルの未標準化: セッションの回数や期間、用いられる具体的な技法(タイトレーションやリソース構築の配分など)が研究ごとに異なっている可能性があり、客観的な比較を難しくしています
     
  • 効果メカニズムのブラックボックス化: SEがどのような神経生理学的あるいは心理学的プロセスを通じて回復をもたらしているのか(あるいはなぜ疼痛強度そのものには直接作用しにくいのか)という詳細なメカニズムは、十分に解明されていません

 研究推進における方法論的課題

 SEのような身体志向のアプローチを科学的に評価する上では、いくつかの技術的な難しさもあります。

  • 盲検化(ブラインド)の困難さ: 心理療法や身体アプローチの性質上、治療者と患者の双方を「どの治療を受けているか」について盲検化することは困難です。これは、治療への「期待効果(プラセボ効果)」が結果に及ぼす影響を排除しにくくさせます
     
  • 適切な対照群の選定: 待機リストを対照とするか、通常の標準治療(通常ケア)とするか、あるいは認知行動療法(CBT)などの他の積極的な心理療法を対照にするかによって、SEの優位性の解釈が大きく変わるため、適切な対照群の設計が課題となっています
     
  • 治療忠実度(Treatment Fidelity)の確保: 治療を担当するセラピストが、プロトコル通りに適切にSEを提供しているかを客観的に評価する標準化された方法が必要です。また、セラピストの熟練度や経験値が治療結果に与える影響も無視できません

今後の研究に求められる方向性

 これらの限界を克服するため、今後の研究は以下の領域に焦点を当てるべきであると提唱されています。

  • 対象疾患の多様化: 線維筋痛症(FMS)、慢性頸部痛、慢性骨盤痛、あるいは複合性局所疼痛症候群(CRPS)といった、他の多様な疼痛状態に対する検証が必要です
     
  • トラウマの役割の解明: トラウマ歴の「有無」によってSEの効果にどのような差が出るかを直接比較し、どのような層にSEが最も有効か(適応の明確化)を特定する必要があります
     
  • 最適な「用量」の決定(用量反応関係): どの程度のセッション数、頻度、治療期間が最も費用対効果が高く、治療効果を最大化できるかを検証する必要があります
     
  • 神経生理学的メカニズムの検証: SEの介入によって、自律神経系(心拍変動など)にどのような変化が起きるか、また内受容感覚の向上や感情調整能力の改善がどのように痛みの緩和を媒介するのかを解明するバイオマーカーを用いた研究が望まれます
     
  • 長期的効果と費用対効果の算出: 2年以上の長期にわたる追跡調査に加え、SEの導入によって将来的な医療費の削減や就労能力の回復(社会的アウトカム)につながるかという経済的な分析も、普及のために重要な課題となります

まとめ

 このように、SEは疼痛の多次元的な維持要因(自律神経の不調や運動への恐怖)にアプローチする補完的手段として期待される一方で、さらなる科学的実証が待たれる分野です

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の臨床的含意について教えてください。

 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(SE)を実際の医療や臨床の現場に応用する際の**「臨床的含意(臨床実践への示唆)」**について、ソースに基づき以下の4つの観点に整理して解説します。

臨床実践への具体的なアプローチ

 実際の臨床現場でSEを導入するにあたっては、以下の実践的なアプローチが推奨されています。
 

  • 適応患者の厳格な選択とスクリーニング: SEは、トラウマ歴やPTSD(心的外傷後ストレス障害)症状を併存している慢性疼痛患者に対して最も適切である可能性が示されています。そのため、疼痛評価の初期段階に「トラウマスクリーニング」を組み込むことが極めて重要です
     
  • 補完的アプローチとしての位置づけ: SEは、既存の標準的な疼痛管理(薬物療法、理学療法、運動療法など)に取って代わる「魔法の治療」ではなく、それらの治療効果を高めるための「追加・補完的介入」として位置づけるべきです
     
  • 多職種によるチーム連携: SEを提供する心理療法士が単独で治療を行うのではなく、疼痛管理を担当する医師、理学療法士、作業療法士などの専門スタッフと緊密に連携し、統合的な治療計画の中にSEを位置づけることが求められます
     
  • 現実的な目標設定: 患者と臨床家の双方が、SEを「痛みを完全に消失させる治療法」と誤解しないよう配慮する必要があります。SEの本来の目的は、トラウマ関連症状の軽減、自律神経系の自己調整能力の向上、および疼痛に対する対処能力の改善であり、必ずしも疼痛強度の劇的な減少を目指すものではないという「現実的な期待」を共有することが大切です
     
  • 個別化された計画: すべての慢性疼痛患者にSEが適しているわけではないため、患者一人ひとりのトラウマ歴、心理・身体状態、個別的ニーズに基づいて計画を柔軟に調整する必要があります

トラウマインフォームドケア(TIC)との統合

 SEの導入は、医療機関全体でトラウマへの理解を深める**「トラウマインフォームドケア(TIC)」**の枠組みと非常に高い親和性を持っています。TICは以下の原則に基づいており、SEの実践はこれらすべてをサポートします
 

  1. 安全性: 身体的・心理的な安全性の確保
  2. 信頼性と透明性: 治療関係における確固たる信頼の構築
  3. ピアサポート: 共通の経験を持つ他者からの支援
  4. 協働と相互性: 患者と臨床家が対等なパートナーとして進める関係性
  5. エンパワメントと選択: 患者自身の自己決定権の尊重
  6. 文化的・歴史的・ジェンダー的配慮: 多様性に対する敏感さ

     
これらを医療チーム全体が共有した上でSEを組み込むことで、患者にとってより安全で治療効果を高める環境を整えることができます

臨床家のトレーニングと自身のウェルビーイング

   SEは専門性が高く、身体の微細な変化を扱うため、適切な訓練と資格を持った臨床家が実施することが不可欠です。不適切な実施は、かえって患者に害を及ぼす(症状を悪化させる)リスクを伴います

  • 専門プログラムの必要性: Somatic Experiencing International(SEI)では3年間の包括的なトレーニングプログラムを提供しています
     
  • 臨床家への副次的効果: 研究(Winblad et al., 2018)によると、この3年間のトレーニングを修了した実践者は、自身の不安症状や身体化症状が有意に減少し、健康関連・社会的なQOLが大幅に向上することが確認されています。これは、SEのトレーニングを受けること自体が、医療従事者自身のレジリエンス(回復力)やウェルビーイングを高め、燃え尽き症候群の予防に寄与することを示唆しています

遵守すべき倫理的考慮事項

 SEを慢性疼痛治療に適用する臨床家は、以下の倫理的義務を遵守する必要があります。
 

  • 十分なインフォームドコンセント: 治療を開始する前に、患者に対してSEの治療プロセス、潜在的な利益、そして現時点での限界や他の代替手段について十分に説明し、同意を得なければなりません
     
  • エビデンスの限界の開示: 慢性疼痛治療におけるSEのエビデンスが、現段階ではまだ限定的(初期段階)であることを隠さず、正直に患者に開示することが求められます
     
  • 再トラウマ化の防止(安全性最優先): 神経系の防衛反応やトラウマ記憶を扱う介入は、急激に進めると患者が圧倒され、傷つき直す「再トラウマ化」のリスクがあります。これを避けるため、クライアントの許容量(キャパシティ)を慎重に見極めながら、スモールステップで段階的に進める「タイトレーション」を守り、安全性を最優先しなければなりません
     
  • 文化的適切性への配慮: SEは西洋文化の文脈で開発された技法であるため、異なる文化的背景を持つ患者に適用する際には、その文化的・社会的背景に適切に適応させる配慮が必要です

慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing; SE)の科学的結論について教えてください。

 慢性疼痛に対するソマティック・エクスペリエンシング(SE)の科学的結論は、現在蓄積されているエビデンスを統合すると、以下の4つの核心的なポイントに要約されます

運動恐怖と心理症状に対する「有意な効果」

 ランダム化比較試験(RCT)をはじめとする科学的検証において、SEは心的外傷後ストレス障害(PTSD)症状、および運動恐怖(恐怖回避行動/動くことへの恐怖)を減少させる上で有意な効果を示すことが確認されています。これにより、トラウマを併存する患者の心理的苦痛を和らげ、身体を動かすことへの心理的障壁を下げるアプローチとして有望であることが示されています

疼痛強度や機能障害への「直接的効果」の限定性

 一方で、疼痛の強度そのものの減少や、それに伴う日常生活上の機能障害の改善に対しては、通常の標準治療にSEを追加したことによる統計的に有意な追加効果(優位性)は認められていません。SEは疼痛の生物学的な側面に直接作用して痛みを劇的に減らすわけではない、というのが現在の科学的見解です

「補完的アプローチ」としての位置づけ

 科学的エビデンスに基づくと、SEは標準的な疼痛管理(理学療法や運動療法、薬物療法など)に置き換わる「直接的な治療法」ではありません。むしろ、慢性疼痛を維持させている背景要因(自律神経系の調整不全、体験的回避や感情調整の困難、トラウマに伴う持続的な緊張)に対処し、患者自身の自己調整能力を高めることで、間接的に全体の治療効果やQOLを高める「補完的介入」として位置づけるのが最も妥当です

エビデンスのギャップ(一般化の難しさ)

 現在得られている高品質な臨床エビデンスは、主に「PTSD症状を併存する慢性腰痛患者」という非常に特定の集団を対象とした研究に偏っています。線維筋痛症、慢性頸部痛、慢性骨盤痛といった他の疼痛状態や、あるいは明確なトラウマ歴を持たない一般的な慢性疼痛患者に対するSEの有効性については、未だ科学的な検証が不足しており、今後の長期的な多施設共同研究やメカニズム解明が待たれる段階にあります

総括

 慢性疼痛は生物心理社会的な複雑な問題であり、SEは**「トラウマ歴やPTSD、極度の運動恐怖を併存する慢性疼痛患者」を主な適応対象として、多職種連携による統合的な疼痛管理プログラムの中に『補完的ツール』として組み込むこと**が、現時点で最も推奨される科学的・臨床的な結論です

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